「せっかくの自家製ベーコンが塩辛くて食べられない」「中が半生で怖かった」……そんな苦い経験はありませんか?
キャンプやBBQで振る舞うはずだった自慢の肉が、ただの塩の塊になってしまった時の絶望感。それはあなたの腕が悪いのではありません。「高濃度で漬けて、勘で塩抜きする」という従来の方法自体が、プロでも難しいギャンブルなのです。
本記事では、海外の調理科学で主流となりつつある「平衡塩漬法(Equilibrium Brining)」を紹介します。
この手法の最大の特徴は、「塩抜き」は一切不要であること。スマホの電卓で計算した通りに混ぜて漬けるだけ。100%再現可能な「科学のレシピ」で、今度の週末こそゲストを唸らせましょう。
この記事の要約
失敗しないソミュール液の正解は、塩抜き不要の「平衡塩漬法」です。従来の「高濃度漬け込み+塩抜き」は濃度ムラができやすく再現性が低いのに対し、平衡法は最初から理想濃度(1.5%)で漬けるため、漬けすぎても塩辛くなりません。計算式は(肉+水)×0.015。無添加の場合は冷蔵7日以内の消費が鉄則です。
なぜ「レシピ通り」でも失敗するのか? 従来のソミュール液が抱える構造的欠陥
多くのレシピ本やサイトで紹介されているソミュール液の作り方は、水に対して10〜15%の塩を溶かした「高濃度液」に肉を漬け込み、その後に流水で「塩抜き」をするという手順です。これを専門的には「勾配塩漬法(Gradient Brining)」と呼びます。
しかし、この方法には構造的な欠陥があります。それは、「塩抜き」という工程が、あまりにも不確定要素の多いギャンブルであるという点です。
制御不能な「浸透圧」の罠
高濃度のソミュール液に肉を入れると、強力な浸透圧によって塩分が肉の内部へ急速に移動します。この時、肉の外側は非常に塩辛く、中心部はまだ味が薄いという「濃度勾配(グラデーション)」が発生します。
🎨 高濃度漬け込み(Gradient Brining)の濃度ムラ

この状態で「塩抜き」を行うわけですが、ここで問題が発生します。 肉の厚さ、脂の乗り具合、水温、そして流水の勢い……これら全ての変数が、塩が抜けるスピードに影響します。「一晩流水にさらす」とレシピにあっても、夏場の水道水と冬場の水道水では水温が違い、抜ける塩の量は全く異なります。
つまり、「高濃度液+塩抜き」という手法は、制御不能な変数が多すぎて、再現性を担保することが物理的に不可能なのです。ロジカルに料理をしたいあなたにとって、これほどストレスフルなことはないでしょう。
【結論】: レシピにある「塩抜き:適量」や「一晩」という言葉を信じてはいけません。
なぜなら、プロの料理人でさえ、肉の個体差を見極めて塩抜き加減を調整するのは至難の業だからです。私たちが目指すべきは、職人の勘を磨くことではなく、最初から「塩抜き」をしなくて済むシステムを構築することです。
科学が導く新常識。「平衡塩漬法(Equilibrium Brining)」とは何か
では、どうすれば失敗を100%回避できるのでしょうか? 答えはシンプルです。最初から「ちょうどいい濃度」の液に漬ければいいのです。これが「平衡塩漬法(Equilibrium Brining)」です。
「漬けすぎてもしょっぱくならない」魔法のロジック
平衡(Equilibrium)とは、二つの物質の間で成分が行き来し、最終的に濃度が均一になる状態を指します。
この手法では、肉と水を合わせた総重量に対して、最終的に目指したい塩分濃度(例えば1.5%)になるように塩の量を計算します。そして、その薄い塩水に肉を漬け込みます。
時間が経つにつれて、塩分はゆっくりと肉の内部へ浸透していきます。そして、肉の内部と外側の液の塩分濃度が同じ(1.5%)になった時、それ以上塩分は移動しなくなります。つまり、平衡状態に達すれば、あと何日漬け込もうが、絶対に1.5%よりしょっぱくなることはないのです。
なぜ「1.5%」なのか? 塩分濃度と保水性の関係
ここで重要なのが、塩分濃度(Salinity)と保水性(Water Holding Capacity)の因果関係です。
科学的には、塩分濃度が上がると肉の筋原線維タンパク質が溶解・変性し、水分を抱え込む力が強くなります。これが、ハムやベーコンがジューシーである理由です。
保水性だけを考えれば、濃度4〜6%がピークと言われています。しかし、これでは人間には塩辛すぎて食べられません。人間の体液の塩分濃度は約0.9%ですが、料理として「美味しい」と感じるスイートスポットは1.5%〜2.0%です。
この1.5%という数値は、「肉のジューシーさを最大限に引き出しつつ、人間が最も美味しいと感じる塩加減」の黄金比率なのです。
私が初めてこの方法を試した時、半信半疑で焼いた肉を食べて衝撃を受けました。「塩抜きなしで焼くだけ? 本当に?」という不安は、一口食べた瞬間に「完璧な味!」という歓喜に変わりました。この感動を、ぜひあなたにも体験してほしいのです。
【実践】電卓で弾き出す「黄金比率」。失敗しないソミュール液の作り方
さあ、ここからは実践編です。必要なのは、肉、水、塩、そしてスマホの電卓だけ。 この計算式さえあれば、どんな肉でも完璧に仕上がります。
黄金の計算式

例えば、スーパーで買ってきた豚バラブロックが500gだったとします。 これを漬け込むために、水500g(500ml)を用意したとしましょう(肉がひたひたに浸かる量として、肉の重量と同量〜1.5倍程度が目安です)。
- 総重量: 500g (肉) + 500g (水) = 1000g
- 塩の量: 1000g × 0.015 (1.5%) = 15g
たったこれだけです。この15gの塩を水に溶かし、肉と一緒にジップロックに入れるだけ。 砂糖やハーブ、スパイスを入れたい場合も、この塩分量を変える必要はありません(基本の目安:砂糖は塩の半量、ローリエ1枚、黒胡椒適量など)。それらは「香り」と「保水補助」の役割であり、塩加減の計算には影響しないからです。
手順とスケジュールの目安
- 液を作る: 水に計算した量の塩(と砂糖・スパイス)を入れ、一度沸騰させて溶かします。
- 冷ます: 必ず完全に冷ましてください。 熱いまま肉を入れると雑菌が繁殖しやすくなります。
- 漬け込む: ジップロック等の密閉袋に肉と液を入れ、できるだけ空気を抜いて口を閉じます(ボウルに水を張り、袋を沈めながら口を閉じると、水圧で綺麗に空気が抜けます)。
- 放置する: 冷蔵庫に入れ、以下の期間を目安に放置します。
- 鶏胸肉・ステーキ肉 (厚さ2-3cm): 24〜48時間
- 豚バラブロック (厚さ4-5cm): 5〜7日
平衡塩漬法は、濃度差が小さいため浸透に時間がかかります。しかし、「待つこと」が唯一の仕事です。週末のBBQが日曜日なら、月曜か火曜に仕込んで冷蔵庫に入れておけば、当日は袋から出して焼くだけで完璧な状態になっています。
【安全講義】無添加で作るなら絶対に守るべき「ボツリヌス菌」対策と保存期限
最後に、食品衛生の専門家として、絶対に守っていただきたい「安全の鉄則」をお伝えします。 特に、市販のハムやベーコンに使われている亜硝酸塩(発色剤)を使わない「無添加」で作る場合、リスク管理は全てあなたの責任になります。
ボツリヌス菌と亜硝酸塩の関係
ボツリヌス菌は、酸素のない状態(真空パックやオイル漬けなど)で増殖し、致死性の高い毒素を出す恐ろしい菌です。ハムやソーセージに添加される亜硝酸塩は、単に色を良くするだけでなく、このボツリヌス菌の増殖を強力に抑制する役割を持っています。
家庭で無添加で作るということは、この「安全装置」を外すことを意味します。したがって、以下の3つのルールを徹底してください。
- 冷蔵(4℃以下)厳守: ボツリヌス菌は10℃以上で増殖のリスクが高まります。常温放置は自殺行為です。漬け込み中も、完成後も、必ず冷蔵庫のチルド室などで保管してください。
- 7日ルール: 亜硝酸塩なしの場合、冷蔵での安全な保存期間は最大7日間です。仕込み始めてから食べるまでを1週間以内に収めてください。もしそれ以上保存したい場合は、迷わず冷凍してください。
- 加熱の徹底: ボツリヌス菌の毒素は熱に弱く、80℃で30分間(または100℃で数分間)加熱すれば失活します。食べる直前には、中心部までしっかりと火を通してください。「レア」や「生食」は厳禁です。
また、無添加で作った肉は、市販品のような鮮やかなピンク色にはなりません。加熱すると茶色くなりますが、それが自然な色です。「色が悪いから失敗」ではありませんので、安心してください。
週末のBBQが変わる。科学を味方につけたあなたに、もう失敗はありえない
「塩抜き」をやめ、「平衡法」に変えるだけで、あなたの料理の質は劇的に向上します。
それは単に味が良くなるだけではありません。 「しょっぱくないかな?」「腐ってないかな?」という不安から解放され、「科学的に正しい手順を踏んだのだから、絶対に美味しくなる」という確信を持ってキッチンに立てるようになること。これこそが、私があなたに伝えたかった最大の価値です。
あなたはもう、曖昧なレシピに振り回されることはありません。科学という武器を手に入れたのです。
今週末のBBQに向けて、まずはスーパーで豚バラブロックを買うところから始めましょう。 計算機アプリの準備はいいですか?
