[著者情報]
執筆者: 佐々木 潤(ささき じゅん)/ NBA戦術アナリスト
大手スポーツメディアで10年以上にわたりNBAコラムを連載するスポーツライター。データ分析に基づく現代NBAのオフェンス戦術、特に2010年代の「3ポイントシュート革命」を専門とする。著書に『スタッツで読み解く現代NBA』がある。
「選手の『すごさ』の仕組みが分かると、NBA観戦はもっと深く、面白くなる。一緒にその謎を解き明かしていこう」
昨日のジェームズ・ハーデンのステップバック、すごかったですね。でも、なぜあのプレーが相手に分かっていても止められないのか、不思議に思いませんか?
この記事を読めば、ジェームズ・ハーデンが単なる点取り屋ではなく、NBAの戦術史を変えた「革命家」であることが分かります。この記事では、データと歴史的視点からジェームズ・ハーデンの「革命性」と「論争」のすべてを解き明かし、あなたのNBA観戦を何倍も深く、面白くします。
この記事を読み終える頃には、ハーデンのプレーの裏側にあるロジックを理解し、彼の歴史的評価を自信を持って友人に語れるようになっているはずです。
「ハーデン、ヤバいな!」で思考停止しないために。彼の”本当のすごさ”を知る3つの視点
NBAファンとして活動していると、「ハーデンって結局、勝てる選手なんですか?」という質問を本当によく受けます。この問いの裏には、「圧倒的な個人スタッツと、チームの勝利。一体どちらを物差しに選手を評価すればいいのか」という、多くのファンが抱える普遍的な悩みがあるのです。
ジェームズ・ハーデンの評価がこれほど難しいのは、彼のキャリアが光と影の両面を併せ持つからです。だからこそ、彼のプレーをただ「ヤバい」で終わらせてしまうのは、非常にもったいない。
彼の本質を理解するため、この記事では以下の3つの視点から、そのすごさを紐解いていきます。
- 技術的な革命性: 彼のプレーは、NBAのオフェンス戦術をどう変えたのか?
- データ的な異常性: 彼の残した数字は、歴史的に見てどれほど「ありえない」ものだったのか?
- キャリアの物語性: なぜ彼は「偉大だが、論争の的」でもあるのか?
この3つのメガネをかけることで、ジェームズ・ハーデンという選手の全体像が、きっとクリアに見えてくるはずです。
革命はこうして起きた:ハーデンを史上最高の攻撃選手にした3つの”兵器”
ジェームズ・ハーデンの革命性を理解する上で、彼のオフェンスを構成する3つの核となる「兵器」を知る必要があります。これらは単独でも強力ですが、組み合わさることで相手ディフェンスを完全に無力化するシステムとして機能します。
① 予測不能の必殺技「ステップバック3P」
ジェームズ・ハーデンの代名詞であるステップバック3ポイントシュートは、相手との距離を大きく作り出して放たれるため、ブロックするのがほぼ不可能です。通常、ステップバックはシュートバランスを崩しやすいのですが、ハーデンは強靭な下半身と独特のリズムによって、この難しいシュートを驚異的な確率で決めます。このプレーは単なる得点手段ではなく、相手ディフェンダーの心を折る「必殺技」として機能しました。
② ルールをハックした「ゼロステップ」とドライブ
ジェームズ・ハーデンは、ボールをキャッチしてから1歩目を踏む「ゼロステップ」のルール解釈が極めて巧みです。他の選手ならトラベリング(歩きすぎの反則)を取られかねない歩数でゴールに迫れるため、ディフェンダーはタイミングを完全に狂わされます。結果として、相手はファウルで止めるしかなくなり、ハーデンは大量のフリースローを獲得します。彼のフリースロー獲得能力は、この高度な技術とバスケIQに裏打ちされているのです。
③ スコアラーにして司令塔「得点もパスも超一流」
ジェームズ・ハーデンが本当に恐ろしいのは、自分で点を取るだけではない点です。彼の得点力を警戒して相手ディフェンスが2人、3人と集まると、ハーデンは即座にフリーになった味方へ正確無比なパスを送り、簡単な得点をアシストします。得点王とアシスト王の両タイトルを獲得した経験は、彼がスコアラーであると同時に、リーグ最高峰のプレーメーカーでもあることの証明です。このジェームズ・ハーデンが持つスコアリングとプレーメイクの相乗効果が、彼を一人でオフェンスシステムを成立させる選手たらしめているのです。

データが物語る”異常事態”。MVPシーズンに見る歴史的支配力
ジェームズ・ハーデンのすごさは、感覚的なものだけではありません。彼がヒューストン・ロケッツに在籍していた時代のスタッツは、客観的に見ても「異常」と言えるレベルに達しています。特に、MVPを受賞した2017-18シーズン前後の支配力は、歴史的なものでした。
- シーズン平均36.1得点(2018-19): この数字は、マイケル・ジョーダンが記録して以来の最高記録であり、近代NBAにおける最も偉大なスコアリングシーズンの一つです。
- 32試合連続30得点以上(2018-19): このジェームズ・ハーデンの記録は、ウィルト・チェンバレンに次ぐNBA史上2番目の大記録。一過性ではない、持続的な得点能力を証明しています。
- 史上唯一の「60点トリプルダブル」(2018/1/30): 60得点、10リバウンド、11アシストという前人未到のスタッツは、彼の万能性を象徴する記録です。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: ハーデンのファウルをもらうプレーを「ずるい」ではなく「知的」と捉えると、観戦がもっと面白くなります。
なぜなら、私も昔は彼のプレースタイルを好きになれませんでした。しかし分析を重ねるうち、あれは相手の癖や弱点を徹底的に突き、ルールの範囲内でアドバンテージを最大化する、計算され尽くした「知的な技術」なのだと理解するようになりました。この知見が、あなたの観戦の助けになれば幸いです。
彼の得点効率がいかに高かったかは、他のレジェンドと比較することでより鮮明になります。
📊 比較表
表タイトル: 主要レジェンドのキャリアハイシーズンとのスタッツ比較
| 選手名 | シーズン | PPG (平均得点) | APG (平均アシスト) | TS% (真のシュート成功率) |
|---|---|---|---|---|
| ジェームズ・ハーデン | 2018-19 | 36.1 | 7.5 | .616 |
| マイケル・ジョーダン | 1986-87 | 37.1 | 4.6 | .562 |
| コービー・ブライアント | 2005-06 | 35.4 | 4.5 | .559 |
注: TS%は2P、3P、フリースローを総合したシュート効率を示す指標。ハーデンの数値が突出していることが分かる。
光と影:なぜハーデンは「偉大だが、論争の的」なのか?
さて、ここまでジェームズ・ハーデンの革命的な技術と圧倒的なデータを解説してきました。しかし、彼のキャリアには常に「なぜ優勝できないのか?」という大きな問いがつきまといます。このジェームズ・ハーデンと(不在の)チャンピオンリングという対立関係こそ、彼の評価を複雑にし、ファンを議論させる最大の要因です。
彼のキャリアの「影」の部分、つまり論争点についても公平に見ていきましょう。
- プレーオフでのパフォーマンス: レギュラーシーズンで見せる圧倒的な支配力を、大舞台であるプレーオフで発揮しきれない試合が過去に何度か見られました。
- ディフェンス面の課題: キャリア初期には、ディフェンスへの貢献度が低いと批判されることが多くありました。
- 度重なる移籍要求: 近年、所属チームにトレードを要求する行動が続いたことで、リーダーシップを疑問視する声も上がっています。
結局のところ、選手を評価する軸は一つではありません。「個人のパフォーマンス」を最大の物差しとするならば、ジェームズ・ハーデンは間違いなく殿堂入りクラスの偉大な選手です。一方で、「チームを優勝に導くこと」を最も重要視するならば、彼の評価はまだ定まっていない、と言えるでしょう。
あなた自身がどちらの価値観を大切にするかで、ジェームズ・ハーデンという選手の見え方は大きく変わってくるのです。
よくある質問 (FAQ)
Q1: ハーデンのディフェンスの評価は?
A1: かつては「穴」とまで言われましたが、近年は改善されています。特にポストアップ(ゴールに背を向けた状態での1on1)に対するディフェンスは、彼の屈強なフィジカルを活かしてリーグでも上位クラスです。ただし、集中力が途切れる場面が見られることもあります。
Q2: 歴代シューティングガードの中で、どのくらいの順位?
A2: マイケル・ジョーダン、コービー・ブライアントがトップ2として不動ですが、ハーデンはドウェイン・ウェイドやアレン・アイバーソンらと並び、史上トップ5〜7に入る選手として議論されることがほとんどです。オフェンス能力に限れば、史上No.1と評価する専門家も少なくありません。
Q3: 今後のキャリアで優勝する可能性は?
A3: 可能性は十分にあります。現在のロサンゼルス・クリッパーズでは、カワイ・レナードやポール・ジョージといったスーパースターと共にプレーしており、かつてのように一人で攻撃の全てを背負う必要がなくなりました。彼の卓越したパス能力がチームをうまく機能させることができれば、悲願のチャンピオンリング獲得も夢ではありません。
まとめ:ハーデンは「観る者の視点を試す」選手
最後に、本日の内容を振り返りましょう。
- ハーデンは戦術を変えた革命家: 彼のステップバックやゼロステップは、NBAのオフェンスに新たな次元をもたらしました。
- データが証明する歴史的スコアラー: MVPシーズンのスタッツは、ジョーダンやコービーに匹敵、あるいは凌駕するレベルの異常値です。
- 評価が分かれる論争の的: 圧倒的な個人成績と、優勝経験がないというキャリアが、彼の評価を複雑で魅力的なものにしています。
これであなたも、ジェームズ・ハーデンのプレーをただ見るだけでなく、その裏にある戦術や歴史的文脈まで語れるようになりました。次の試合観戦が、きっと新しい体験になるはずです。
早速、クリッパーズの次の試合日程をチェックして、今日手に入れた「新しい目」でハーデンのプレーを分析してみませんか?
[参考文献リスト]
