『べらぼう』第9話の放送夜、画面越しに流れたあの静かな衝撃を、あなたはどう受け止めたでしょうか。
NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。小芝風花さん演じる瀬川の「問題シーン」としてSNSでトレンド入りしたあの場面を観て、単なる刺激的な描写以上の、言いようのない切なさに胸を締め付けられた方は少なくないはずです。
ネット上では「過激」といった即物的な言葉が飛び交っていますが、私は少しだけ胸が痛みます。あの夜、私たちが目撃したのは、単なる濡れ場ではありません。障子の向こう側で、一人の女性の魂が静かに、しかし決定的に壊れていく音でした。
この記事では、ドラマ批評家としての視点と歴史的背景から、あの演出がなぜ「芸術的な必然」であったのかを紐解きます。SNSのノイズを振り払い、小芝風花さんが見せた女優としての凄みと、作品の真意を共に深く理解していきましょう。
この記事の要約
『べらぼう』第9話の演出は、直接描写を避けた「障子越しのシルエット」により、視聴者の意識を肉体から「魂の痛み」へと転換させました。行為後の小芝風花の「無」の表情は、個人の心を殺し虚像を受け入れた絶望を象徴しています。IC導入による安全性の担保と歴史的データが、この悲劇的な演出の正当性を裏付けています。
なぜ「障子越しのシルエット」だったのか?演出家が仕掛けた残酷な魔法
第9話の演出において、最も議論を呼んだのが「障子越しのシルエット」という手法です。なぜNHKは、直接的な描写を避け、あえて「見せない」ことを選んだのでしょうか。
それは、視覚的な描写を徹底的に排除するためです。直接肌を見せる描写は、観る者の意識を「肉体」へと向かわせます。しかし、障子という境界線を隔てたシルエットにすることで、私たちの意識は「瀬川という女性が置かれた過酷な状況」そのものへと強制的に引き寄せられます。
見えないからこそ、障子の向こうで彼女がどのような表情をし、どのような絶望に耐えているのかを、私たちは想像せずにはいられません。この「想像力の喚起」こそが、演出家・大原拓氏が仕掛けた、最も残酷で芸術的な魔法なのです。
【結論】: あのシーンを「濡れ場」と感じなかったあなたの感性は、演出意図を正しく捉えています。
なぜなら、この演出は視聴者を「覗き見の共犯者」に仕立て上げることで、吉原というシステムの非人道性を肌で感じさせることを目的としているからです。単なる刺激ではなく、痛みを感じることこそが、このドラマの誠実な受け止め方です。
小芝風花が到達した「無」の境地。それは『花の井』が死に『瀬川』が完成した瞬間
行為が終わった後、小芝風花さんが見せたあの「無」の表情。それこそが、このシーンの真のクライマックスでした。
小芝風花さんが見せたあの『無』の表情。それは、個人の心である『花の井』が死に、商品としての名跡『瀬川』が完成した瞬間を象徴しています。そこにある絶望の深さを、私たちは「過激」という安易な言葉で片付けてはいけないのです。
これまでの小芝さんといえば、弾けるような笑顔や芯の強い女性像が印象的でした。しかし今作では、その輝きを完全に消し去る「引き算の演技」に到達しています。瞳から光が消え、ただの「美しい人形」へと成り果てた姿は、吉原という地獄で生き抜くために彼女が選んだ、最も悲しい生存戦略だったと言えるでしょう。
| エンティティ | 状態・意味 | 演技のポイント |
|---|---|---|
| 🌸 花の井(個人) | 死・消失 | 感情の揺らぎを一切排除した「静寂」 |
| 🧺 瀬川(名跡) | 完成・虚像 | 誰のものでもない「商品」としての美しさ |
| 「無」の表情 | 諦念の極致 | 観る者の心を凍りつかせる「光のない瞳」 |
インティマシー・コーディネーターと描いた吉原の闇
このシーンを語る上で欠かせないのが、現代の撮影現場における「安全性」と「歴史的リアリティ」の両立です。
本作では、俳優の心身の尊厳を守る専門家「インティマシー・コーディネーター(IC)」が導入されています。小芝風花さんのあの体当たりの演技は、制作陣との強固な信頼関係と、安全が確保された環境があったからこそ、迷いなく表現されたものです。
そして、その安全な現場で描かれたのは、極めて「不安全」だった歴史の真実です。
江戸時代の吉原遊女の平均寿命は22.7歳という調査結果がある。彼女たちは華やかな衣装を纏いながらも、常に死と隣り合わせの過酷な労働を強いられていた。
出典: 遊女の寿命 – 雅セレモニー(西山松之助 著『くるわ』引用)
第9話が描いたのは、単なる男女の営みではなく、こうした過酷な歴史背景に裏打ちされた「命の削り合い」です。NHKが公共放送として、吉原の光だけでなく、この「底なしの闇」から目を背けずに描き切ったことは、歴史劇として極めて誠実な姿勢だと言えます。
| 側面 | 🏮 吉原の「光」 | ⛓ 吉原の「影」 |
|---|---|---|
| 象徴 | 玉菊燈籠、豪華な衣装 | 借金、つとめ、魂の死 |
| 現実 | 憧れのスター、江戸の華 | 平均寿命 22.7歳、逃げ場のない地獄 |
【FAQ】第9話のあのシーンについて、視聴者が抱く「3つの疑問」に答える
Q1. NHK大河ドラマとして、描写がやりすぎではないですか? A1. 性的刺激を目的とした「濡れ場」であれば不適切かもしれませんが、本作の意図は「吉原の残酷さの提示」にあります。歴史の真実を描くために必要な痛みであり、シルエット演出によって品位も保たれています。
Q2. 小芝風花さんは、この役を納得して演じているのでしょうか? A2. インタビュー等でも、小芝さんは瀬川という役の多面性にやりがいを感じていると語っています。ICの介在を含め、俳優の合意とプロフェッショナリズムに基づいた表現です。
Q3. なぜ蔦重(横浜流星)は、あの場面をただ見ているだけだったのですか? A3. 蔦重の「無力さ」を強調するためです。愛する女性が壊れていくのを覗き見ることしかできないトラウマが、彼を後に「江戸のメディア王」へと突き動かす原動力となる、重要な伏線となっています。
まとめ:私たちは「瀬川」の生き様を、どう受け止めるべきか
『べらぼう』第9話の「問題シーン」は、決してSNSで消費されるためのバズ要素ではありません。それは、私たちが吉原の歴史を「自分事」として、痛みを持って受け止めるための、制作陣と小芝風花さんからの挑戦状でした。
「切ない」「苦しい」と感じたあなたの感性は、瀬川の魂の叫びを正しく受け止めています。その感性を大切にしてください。
瀬川の絶望を胸に、次週から蔦重がどのようにこの「虚飾の世界」に反撃を開始するのか。彼女の犠牲を無駄にしない物語の展開を、共に見届けましょう。
[参考文献リスト]
